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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)5099号 判決 1983年9月30日

原告 竹富商事有限会社

右代表者代表取締役 宇根宇一

右訴訟代理人弁護士 池田和司

被告 黒澤商事株式会社

右代表者代表取締役 黒澤常三郎

右訴訟代理人弁護士 新井嘉昭

同 笠井収

主文

一、被告は原告に対し、金八二八万七九八六円及びこれに対する昭和五七年五月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 主文第一、二項と同旨の判決

2. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は不動産売買等を業とする有限会社であり、被告は貸金、不動産売買等を業とする株式会社である。

2. 原告は被告から利息月額五分五厘の約定で次のとおり金員を借り受けた。

A  昭和五五年一〇月三一日 金二五〇〇万円(以下「Aの貸金」という。)

B  同年一一月八日 金七〇〇万円(以下「Bの貸金」という。)

3. 右各金員借受けの際、原告は利息の天引をされた。すなわちAの貸金については金二八六万六二五〇円を六〇日分の利息として天引され、原告が被告から交付を受けた金額は、右天引分を差引いた金二二六七万九五一三円であり、又Bの貸金についても三〇日分の利息として金四三万四四〇〇円を天引され、原告が被告から交付を受けた金額は、金六六四万六五四五円である。

4. その後、原告は別紙明細書記載のとおり、元利金を返済した。

しかし原告が支払った約定利息の利率は、いずれも利息制限法に定める制限利率を超えており、その超過額を元本に充当すると、別紙明細書記載の計算により次のような利息の過払い(以下「本件過払金」という。)が生じている。

(一) Aの貸金については金六四〇万五四四五円

(二) Bの貸金については金一九二万六二九九円

以上合計金八三三万一七四四円

5. よって原告は被告に対し不当利得による本件過払金の返還請求として4(一)のうち金六三六万一六八七円及び同(二)の金一九二万六二九九円以上合計金八二八万七九八六円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年五月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の事実はすべて認め、同5は争う。

三、抗弁

原告はA・Bの各貸金に関して生じた過払金につき次のとおり不当利得返還請求権を放棄した。すなわち

(一)  Aの貸金については、昭和五六年四月二〇日、利息及び残元本金二五八一万三〇〇〇円を弁済した際、原告は被告に対し、右貸金につき「今後双方とも異議を申し立てない」旨を念書(乙第一号証)により約し、これにより過払金についての不当利得返還請求権を放棄した。

(二)  Bの貸金については、同年五月六日、利息及び残元本金七一四万〇一三〇円を弁済した際、原告は被告に対し、右貸金につき「債権債務関係は一切なく、本日以後金銭消費貸借に基づくなんらの請求権はもちろんのこと、異議を問えない」旨を念書(乙第二号証。以上二通の念書を、本件各念書という。)により約し、これにより過払金についての不当利得返還請求権を放棄した。

四、抗弁に対する認否

原告が被告主張の日に被告主張のような本件各念書を差入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。右各念書の趣旨は、弁済によって原・被告間に金銭貸借関係が終了し、後日になって元利金の未払いがあったとか元利金の単純な計算上の誤りによって過払いがあったことが判明したとしても、そのことに対して異議を述べないということを約したにすぎず、被告主張のように、利息制限法の適用によって過払利息が発生し、これが元本に充当される結果生じる不当利得の返還請求権のような複雑な法律上の請求権まで放棄することまで意味するものではない。

五、再抗弁

1. 脱法行為

不当利得返還請求権を放棄させるため、その旨の念書を差入れさせることは、利息制限法所定の制限に従った元利合計額を超える部分に対する返還請求権を認め、経済的弱者救済を図ってきた判例法の趣旨を潜脱する脱法行為であって、このような念書は無効である。

2. 錯誤

仮に右各念書の提出により過払金の返還請求権を放棄したことになるとしても、右放棄の意思表示には要素の錯誤があったので無効である。すなわち

(一)  原告は右各念書を作成した当時、利息制限法を超過した過払金につき、被告に対し返還請求権を有することを知らなかった。

(二)  原告は、もし念書の提出によって自己の有する不当利得返還請求権を喪失することを知っていたならば、念書の作成、提出をしなかったのであり、原告の放棄の意思表示は事の重大性に気づかないままにされた行為であるから重要な部分に錯誤があったものというべきである。

3. 公序良俗違反

(一)  被告は本件金員を原告に貸与する際、あるいはその後においてもその弁済を確実にするために、原告の代表者である訴外宇根宇一及び保証人・物上保証人である訴外荒牧俊雄から別紙書類目録記載のような重要書類を、預り証も発行せずに預けさせた。そして原告が上記A・B各貸金につきそれぞれ最終の弁済をした際、右書類の返還を要求すると、念書と引き換えでなければ書類を引き渡せないと述べ、念書の作成交付を強要した。

(二)  右重要書類を悪用されれば、A・B各貸金の元利金の数倍にも及ぶ被害を受ける結果になるので、原告は右書類の回収のためにやむなく本件各念書を作成し、提出したものである。

このように被告が本件各念書を提出させた行為は、原告を著しい窮迫におとし入れ、これに乗じた行為であって、公序良俗に反して無効である。

六、再抗弁に対する認否

1. 再抗弁1の主張は争う。債務者の自由意思に基づく限り、過払金の返還請求権は放棄することを認め得ない性質の権利ではなく、右放棄が脱法行為であるとの主張は当を得ない。

2. 同2の事実は否認する。原告は本件各念書作成当時、利息制限法の適用により過払金が発生し、右過払金の返還請求権を有していることを知っていたものであり、そうでないとしても、少くとも、なんらかの金銭給付請求権を有することを知っていたものであるから、原告の不当利得返還請求権の放棄は有効である。

3. 同3の事実中、被告が、A・Bの各貸金の貸付けの際、原告から、原告主張の書類を担保目的で預ったことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は、原告から、右各貸金につき、最終的に元利金の弁済を受け、念書の交付を受けたことにより、貸借関係が一切終了したので、被告は右書類を原告に返還したものである。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、抗弁及び再抗弁1について判断する。

(一)  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

被告は、以前に金銭貸付け先から、元利金完済後、利息制限法所定の制限に従った元利合計額を超える部分の返還請求を受け返還を余儀なくされたことがあったこと、それ以来、被告は、このような返還請求を防止するため、貸付け先から最終的に元利金の弁済を受ける際には、金五〇万円以下の少額の貸付けや知人に対する貸付けなど後日過払金の返還請求を受けるおそれのきわめて少ない例外的な場合を除き、債務者から、当該貸金については今後異議を申し立てない旨又は当該貸金について今後なんらの請求もしない旨の念書(なお、右念書には、債務者から担保として預った書類の返還を受けた旨の受領書の趣旨を兼ねる場合もあった)を徴することとしていたこと、本件のAの貸金についても、昭和五六年四月二〇日に原告が元利金を完済した際、被告において、被告会社従業員が手書きし、被告会社の記名押印した念書用紙を予め用意し、これに原告の記名押印を求め、原告会社代表者がこれに応じて記名押印したこと、右念書(乙第一号証)には、「本日、Aの貸金につき元利金二五八一万三三七〇円が完済されたので、今後、双方とも、なんら異議を申し立てない」旨の記載が存すること、またBの貸金についても、同年五月六日に原告が元利金を完済した際、被告の要求により、原告代表者が被告宛の念書を作成し記名押印したこと、右念書(乙第二号証)には、「原告がBの貸金の元利金を本日完済し、借り入れの際差入れた関係書類一式をすべて受領した」旨及び「原告と被告との債権債務関係は一切なく、本日以降金銭消費貸借に基づくなんらの請求権はもちろんのこと、異議を問えません」旨の記載があること、右の記載は、被告会社の指示に従ってなされたものであること、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  そこで右認定事実に基づいて検討する。

本件各念書の文言とそれらが作成、交付された経緯を総合すれば、原告が右各念書の作成、交付により、過払金の返還請求権を放棄したものと認められなくはない。しかしながら、右各念書による過払金の返還請求権の放棄は、以下の理由により、無効であると解する。すなわち、

利息制限法の趣旨に照らし、債務者は、債務の弁済として支払った金員が同法所定の制限に従った元利合計額を超える場合には、超過分に対する不当利得返還請求権を有していると解すべきであるにもかかわらず、本件各念書は、債務者に対し右請求をしないことを認めさせることにより、債権者の側において、同法による制約を免れることを意図し、債務者に要求して作成させたものであることは、前記認定事実からして明らかである。

そして、一般に、債務者は、高利金融の債権者に対しては、特段の事情のない限り、常に経済的弱者の地位にあるというべきであるから、例えば担保として預けた権利証や委任状等の書類の返還を受けられなくなることをおそれたり、爾後金銭の貸付けを受けられなくなることをおそれたりすることなどから、求められれば、たやすくこのような類の念書を差入れるであろうことが予測される。それ故、このような念書の効力を認めれば、高利金融者の要求により債務者が差入れる一片の書面(念書)により、債務者は過払金についての不当利得返還請求権を容易に奪われ、利息制限法の趣旨が没却されることになり、また高利金融者の利息制限法の規制を潜脱することを目的とする行為を容認することともなる。

したがって、前記認定のような目的、経緯で作成された本件各念書の効力を認め、右各念書による本件過払金の返還請求権放棄の効力を認めることは到底できないものと解する。

三、以上によれば、本件過払金(但し、Aの貸金分については内金六三六万一六八七円)合計金八二八万七九八六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年五月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡崎彰夫)

<以下省略>

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